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東京高等裁判所 昭和26年(う)1555号 判決

控訴人 被告人 中島韶

弁護人 薬師寺志光

検察官 沢田隆義関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人薬師寺志光作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

弁護人控訴の趣意第四点について。

刑事訴訟法第二百七十一条第一項によれば「裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない」と規定し、刑事訴訟規則第百六十五条第一項本文によれば「検察官は、公訴の提起と同時に被告人の数に応ずる起訴状の謄本を裁判所に差し出さなければならない。」と規定していることは所論のとおりであるが、右刑事訴訟規則の規定は、単に裁判所から被告人に送達すべき起訴状の謄本は裁判所が作成せず、検察官側においてこれを作成して提起することを規定したに過ぎないものであつて、必ずしも検察官自らこれを作成することを要する旨規定した趣旨ではないのである。検察事務官は上官の命を受けて検察庁の事務を掌り又は検察官を補佐する等の職責を有するものであり、起訴状の謄本はこれをその庁の検察事務官名義をもつて検察事務官が作成し得ることは検察庁法第二十七条、第三十一条等の規定に徴し疑なきところである。したがつて、検察事務官の作成した起訴状の謄本は法律上謄本としての効力を有しないものとなす所論は到底採用し難い。次に所論詐欺の点に関する昭和二十五年八月二十三日附起訴状の原本にはその添付の犯罪事実一覧表中昭和二十四年十二月十五日の分が抹消されており、合計十一箇の犯罪事実が記載されているに反し、被告人に送達された謄本には右抹消にかかる部分がそのまま存し、合計十二箇の犯罪事実が記載されていることは論旨指摘のとおりであるが、新刑事訴訟法が被告人に起訴状の謄本を送達しなければならないと規定した趣旨はあらかじめ、被告人に起訴事実を知らしめ、公判期日における防禦の準備をなす機会を与え、もつて被告人の権利を保護しようとしたものに外ならないのであり、被告人に対し所論起訴状の謄本の送達があつた以上、たとえ抹消にかかる一箇の犯罪事実に関する部分が抹消されずに余分に記載されてあつたとしても、被告人の防禦に何ら実質的な不利を生ずる虞がないことは明らかであるから、右謄本中原本と符合しない部分のみを無効とすれば足り、これがため謄本全部を無効と解すべきではない。この点に関する所論もまた到底採用し難い。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 川本彦四郎 判事 山本長次)

弁護人薬師寺志光の控訴趣意

第四点刑事訴訟法二七一条一項によれば「裁判所は公訴の提起があつたときは遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない」と規定してあり、而して刑事訴訟規則一六五条一項によれば「検察官は公訴の提起と同時に被告人の数に応ずる起訴状の謄本を裁判所に差し出さなければならない」と規定してあるから、起訴状の謄本は検察官が自らこれを作成することを要し、検察事務官又は司法警察職員をしてこれを作成せしめることができないと解すべきである(刑訴一〇八条参照)。

然るに本件において被告人に対し裁判所が送達した起訴状の謄本は検察官の作成したものでなくして、水戸地方検察庁下妻支部検察事務官鈴木実の作成したものであるから、かかる起訴状の謄本は法律上謄本たる効力を有せず、従つて本件は「公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されなかつたことに帰着し、本件公訴の提起は、遡及的にその効力を失つたものといわねばならぬ。然るに原判決は何等この点に思を致すことなく被告人に対し有罪の判決を言渡したのは正しく「審判の請求を受けない事件について判決したこと」に該当し刑事訴訟法三七八条三号により破棄を免れないものと信ずる。仮りに百歩を譲つて起訴状の謄本は検察事務官において適法にこれを作成し得るものなりと仮定するも、謄本は原本と同一内容を有することを要し謄本が原本とその内容を異にするときは、謄本として無効なりといわねばならぬ。

今本件においてこれを見るに詐欺に関する起訴状の原本には十一箇の犯罪事実が記載されているに反し被告人に送達された謄本には十二箇の犯罪事実が記載されているのである。従つてこの謄本は原本と符合しないものであるから法律上無効であり、適法なる謄本の送達がなかつたことに帰着するといわざるを得ない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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